Anthropic の CEO(Dario Amodei氏)は AI による雇用代替の危険性を繰り返し発言しています。他のテック CEO が AI への社会の反発を意識して、AI は新しい職も生み出す、と発言を軟化させているのとは対照的な態度です。その一貫した姿勢の元となっているのは同社が 2026 年 3 月 5 日に公表した労働市場に関する研究( Labor market impacts of AI )で、AI による雇用代替の実態を示すものとして業界でも再注目を集めていますので、ここでその内容を見直しておきたいと思います。
当時、CNBC の Deirdre Bosa 氏もこの研究を取り上げ、AI の影響がすでに「解雇」ではなく「若手を採用しない」という形で現れ始めている可能性を指摘しました。同じ日の雇用統計では情報サービス業の雇用が 11,000 人減少していましたが、Bosa 氏はそれ以上に長期的にインパクトが大きく、注目すべき指標として、この研究を紹介しています。
「できること」ではなく「やっていること」を測る
これまで AI の雇用影響を扱う研究の多くは、職業をタスクに分解し、理論上どれだけ AI に置き換えられるかを考察するものでした。Anthropic の研究が異なるのは、何百万件もの Claude の実際の利用データを分析し、どの職業のどのタスクで AI がすでに使われているかを定量的に測定した点です。同社はこれを特定のタスクの「observed exposure(実際に観測された曝露度)」と呼んでいます。
「AI が将来できること」ではなく「AI がすでにやっていること」を見る。この視点の転換が、このの研究の出発点になっています。
影響が集中しているのは知識労働
当時 observed exposure が高い職種として挙げられていたのは、次のような仕事です。
- プログラマー:業務タスクの約 75 %
- カスタマーサービス担当:約 70 %
- データ入力担当:約 67 %
- 金融アナリストも、曝露度の高い職種として名前が挙がっています
コードを書く、顧客の問い合わせに答える、データを分析する、文章や情報を処理する。いずれも PC の中で完結する、いわゆる知識労働です。これらの業務はこの時点ですでに AI の活用がかなり進んでいる分野となっていました。
一方、労働者の約 30 % は曝露度がゼロと算定されています。調理担当、バーテンダー、皿洗い、二輪整備士、ライフガードなどで、Claude の利用データにほとんど現れない仕事です。建設、農業、輸送、設備設置、修理といった領域も同様で、身体を使って物理世界で行う仕事には、現状の大規模言語モデルはほとんど入り込めていません。Bosa 氏は、物理経済こそが AI に侵食される最後の領域になるのではないか、という見方を示しています。
株式市場はすでに反応している
この構図は、株式市場の動きとも重なります。番組で紹介されたのが、Goldman Sachs の「 HALO 」というテーマです。Heavy Assets, Low Obsolescence の略で、大きな物理資産を持ち、AI によって陳腐化しにくい企業群を指します。
この HALO 企業群は 2026 年初から、資産の軽い企業群を約 25 ポイント上回るパフォーマンスを記録しているとされます。将来的にも AI に代替されにくい、ということから知識経済から物理経済へと資金が移動し始めている、という解釈です。
能力はあるのに、まだ使われていない領域
もう一つ重要で、将来に向けて怖いところなのですが、理論上 AI ができる仕事と、実際に AI がやっている仕事のギャップです。事務・管理、法務、営業、財務といった職種では、理論上の対応可能範囲は広いにもかかわらず、実際の利用はまだかなり限られています。(下の図で、青が理論上の対応可能領域、赤がすでに使われている領域、です)
これは「capability overhang」と呼ばれる状態で、AI の能力が足りないのではなく、企業側が業務プロセスに組み込み切れていないことがボトルネックになっている様子を示しています。そしてこのまだ導入されていない範囲がかなり大きいのです。プログラミングやカスタマーサービスが第一波だとすれば、次の波は法務・営業・財務・事務領域に浸透していく、ということが見て取れます。実際、Salesforce、Intuit、DocuSign、Thomson Reuters などが AI 企業との法人向け契約を進めています。
そして、この動きはまだ本格化していません。すでに AI の活用が進んでいるプログラミングなどの領域も含め、実際に雇用への影響が本格化するのは、まだまだこれからです。2022 年末の ChatGPT リリースから現在までの進行スピードを鑑みると、今後数年はかかる。早めに見積もっても3〜5年、そういうスパンの中で本格化していく変化のように思われます。

Source: “Labor market impacts of AI: A new measure and early evidence” by Anthropic
失業率に現れない変化
Anthropic の研究ではその時点の失業率についても言及されています。統計的有意性はギリギリ、という注釈はつきますが、AI 曝露度の高い職種では、ChatGPT の登場以降、22 〜 25 歳の採用が約 14 % 減少しているという分析が示されました。一方で、既存の経験者の雇用は大きく減っていません。
つまり企業は、AI を導入して一斉に人員を削減しているのではなく、既存社員の生産性を AI で高めたうえで、新卒・若手の採用を以前ほど行わなくなっている状況にあります。Bosa 氏の言葉を借りれば、企業は人を解雇しているのではなく、次に雇うはずだった人を雇っていない、という状態です。
例えば 100 人の社員に毎年 10 人を新卒採用していた企業が、AI 導入後は新卒 3 人で足りるようになる。誰一人解雇していなくても、雇用への影響は小さくありません。しかしこの変化は、アメリカの失業率や非農業部門雇用者数といった従来の統計にはなかなか現れません。大量解雇であればすぐに数字に出ますが、「来年採用するはずだった人を採用しない」という企業の行動は統計に反映されにくく、payroll データに現れる頃には問題がかなり進行している可能性があります。
生産量が増えて生産性と企業収益が上がるため、当面は GDP にとってプラスに働きます。経済は成長しているのに若者が仕事を見つけにくい、という状況が起こり得るわけです。当面は良いとしても、そうした状況が今後続いていくと、長期的には GDP へのマイナスの影響が無視できません。
構造的な変化なのか、循環的な調整なのか
番組では、これが従来型の金融政策で対応できる問題なのかという論点も扱われました。景気後退に対する利下げで企業活動が活発になり採用が回復する、という通常の循環とは異なり、Fed 関係者からも労働市場が循環的ではなく構造的な圧力にさらされているという表現が出ています。AI によって必要な労働量そのものが変わっているのだとすれば、それに合わせた金融政策的な対応の考え方は大きく変わります。
過去の産業革命やインターネットの普及でも同様の懸念(既存労働の減少)があり、結果として新しい産業と職種が生まれたという反論もあります。ただ Bosa 氏は、今回は AI の能力の伸びが速いため、旧来の仕事が消えてから新しい仕事が十分に生まれるまでの移行期間に、大きな空白が生じるおそれがあると指摘しています。
3 月以降の追加研究が示すもの
Anthropic はその後も分析を更新しています。
2026 年 4 月 22 日に公表された「What 81,000 people told us about the economics of AI」では、81,000 人規模の Claude ユーザー調査を実施し、observed exposure が他より 10 ポイント高い職種では、AI に仕事を脅かされていると感じる割合が約 1.3 ポイント高いという相関が確認されました。また、キャリア初期の労働者ほど不安が強い傾向も出ています。
2026 年 6 月 26 日の「Anthropic Economic Index report: Cadences 」では、本人が「 AI にできる」仕事と考える割合( reported exposure )と、12 か月後にできるようになると考える割合( anticipated exposure )という指標が新たに導入されました。結果として、本人が認識している AI による対応可能範囲は、実際に Claude が使われている範囲より広いことが分かっています。AI の能力不足ではなく、(企業・個人の)導入の遅れがボトルネックだという見方を補強する内容です。
また、この点については、その将来予測も強気です。回答者の約 6 割が 12 か月後には AI ができる仕事の割合が今より増えると答え、3 分の 1 以上が 1 年後には AI が自分の仕事のほとんど、あるいはほぼすべてをできるようになると考えています。この見方については、経験 1 年未満の人は、経験 15 年以上の人より約 10 ポイント高くそのように考えており、ベテランほど暗黙知や判断、対人関係の構築といった AI に代替されにくい業務を担えていることが背景にあると分析されています。
ただし、22 〜 25 歳の採用に関する雇用統計を用いた再推計は、6 月時点では更新されていません。Anthropic 自身も、AI 曝露度の高い職業で全体の失業率が上昇した証拠はまだ見られないとして、その時点における明確な雇用への影響については慎重な留保をつけています。
若手が経験を積む入口
現時点で言えるのは、(数々の企業のレイオフ記事はあるものの)全体で見ると、AI がすでに社会に大量失業を引き起こしているということではなく、雇用への影響の最初の兆候が、解雇ではなく入口採用の減少という形で出始めている、ということです。
長期的に見て気になるのは、若手が経験を積む場所が細ることです。ジュニアアナリストからシニアアナリストへ、ジュニアエンジニアからアーキテクトへ、というキャリアの階段は、下段の仕事を通じて上段の判断力を身につける過程でもあります。その下段を AI が担うようになったとき、将来の熟練者はどこから生まれるのか、という問いが残ります。
企業の経営者から若い世代に向けて最も多く聞かれるアドバイスは、「ツールを使い、慣れ、AI のスキルを高めること」という単純なものです。AI と競争するのではなく、AI をうまく使える側に回る。少なくともまだ熟練の「AI 使い」が少ない、という今の状況では、当面はこの対策で乗り切れるのかもしれません。ただ、社会全体が AI に適応し切った後はどうなるか、長期的には若者にどうアドバイスしていいものか、悩む経営者も多くなるでしょう。
まとめ
この研究で筆者が最も気になったのは、理論上 AI が対応できるとされている領域と、3 月時点で実際に導入が進んでいる領域との乖離が大きいという点です。裏を返せば、AI が実際の業務を代替するのはこれからであり、雇用への本格的な影響も、まだ始まったばかりということになります。
最近はコーディングにとどまらず、業務ワークフローを一通り完遂できる AI エージェントが各社から発表されています。それらは、現時点では、誰もが実務で使えるほどの性能や操作性には達していないように見えますが、この方向での改善が続いていくことはほぼ確実です。性能が上がり、操作も簡単になり、遅れていた現場への導入が進めば、雇用への影響は今より広がるはずです。それが、長期的にみて新規採用の抑制にとどまるのか、既存社員の削減にまで及ぶのかは、まだ分かりませんが、個人的には、Bosa 氏の見方のように、短・中期的には、既存社員はそのままに、企業ができる業務の範囲と処理速度が拡大していく(ただし新規は採らない)という形に向かうように思います。
もう一つ考えておきたいのが、物理的な仕事は AI の影響を受けにくい、という前提が長期にわたり本当にそうなのだろうか、ということです。現在、学習データの不足などが制約になり、ヒューマノイドロボットを含むいわゆる「フィジカルAI」は当初予定よりリリースや普及が大幅に遅れていますが、数年以内には実機が次々とリリースされ、着実に更新が重ねられていくでしょう。ロボットや自動運転タクシーは、1 台が学んだことをフリート全体で共有できるため、台数が増えるほど学習効果が加速する構造を持っています。もちろん現実社会では当面は各種の規制が普及の減速要因にはなるものの、いったん現場に入り始めれば、人間の置き換えは想定より速く進む可能性があります。今現在 AI の影響が少ない業種に今年や来年に入社した人がキャリアの終盤まで AI の影響を受けずにいられるかというと、そう楽観はできないように思います。もちろん、代替がより早く進むホワイトカラーに比べて 5 年から 10 年の猶予はあるかもしれませんが、そこは長い職業人生の一部に過ぎません。
最近では、AI の影響を受けにくい職種として、新卒の就職先にブルーカラー系の企業を選ぶ動きが出ているとも聞きます。しかし、上記で記載した通り、その前提は必ずしも盤石ではありません。ブルーカラーだから安心だと安直に結論づけてしまうのは、やはり危ういように思います。
結局のところ、(少なくともここ数年に関していえば)月並みではありますが、今見えている現状から安全そうな職種を選択するのではなく、既存の社員がまだ AI を十分に使いこなせていないうちに AI を積極的・徹底的に使い倒し、(既存の社員よりも)AI をうまく使えるよう自分自身のスキルを高めておくことが、若い世代にとっての生き残り戦略の王道と言えるしれません。
