Spotify で人気の「 The Velvet Sundown 」、 AI 生成バンドと判明

投稿者:

2025 年 6 月、音楽配信サービス Spotify で突如現れ、月間リスナー数が 50 万人を超えるほどの人気を集めたバンド「 The Velvet Sundown 」が、実は AI 音楽生成ツールによる完全な”アート詐欺( art hoax )”だったことが、米ローリングストーン誌の調査で明らかになりました。

The Velvet Sundown は、サイケデリック・ロック風の音楽で短期間に数百万回のストリーミングを記録し、急速に注目を集めました。バンドのメンバーとして Gabe Farrow 、 Lennie West 、 Milo Rains 、 Orion “Rio” Del Mar という 4 人が紹介されていましたが、彼らの実在性やバンドの起源についてはほとんど情報がありませんでした。

最初に疑惑を呼んだのは、バンドの活動実績やメンバーの素性が一切ネット上で確認できなかったことです。 SNS やライブ履歴も皆無で、それにもかかわらず Spotify で急速にリスナー数を伸ばしていました。さらに、アルバムカバーやプロモーション画像が AI 生成特有の不自然さ(マイクのコードの形状、機材の違和感、人物の手や顔の歪みなど)を持っていることが指摘されました。

2025 年 7 月 2 日、ローリングストーン誌がバンドの「広報担当者」と名乗るアンドリュー・フレロン氏に取材したところ、彼は「 Suno 」という AI 音楽生成プラットフォームを使って楽曲を制作したと認め、「これはアート詐欺だ」と語りました。 Suno は、テキストの指示だけで音楽を自動生成できる AI ツールで、ボーカルや楽器演奏も含めて完全な楽曲を作り出すことができます。

しかし話はさらに複雑になりました。翌日、フレロン氏自身が Medium で「自分はバンドの関係者ではなく、メディアを試すための偽アカウントを運営していた」と告白しました。ローリングストーン誌も訂正記事を出し、バンドの正体は再び謎に包まれる事態となりました。

この混乱を受けて、バンドの Spotify 公式ページがプロフィールを更新し、ついに真相が明らかになりました。「 The Velvet Sundown は人間の創造性に影響を受け、 AI の力で作られた”合成音楽プロジェクト”」と明言し、全てのキャラクター、物語、音楽、声、歌詞が AI ツールを使って制作されたことを公式に認めました。

音楽配信サービス Deezer は、 The Velvet Sundown の音楽を AI 検出ツールで分析した結果、「 100 % AI 生成」と判定し、アルバムに「 AI 生成の可能性がある」との警告表示を付けました。また、同バンドの楽曲が 4 つの Spotify アカウントから多数のプレイリストに人為的に追加されており、ストリーム数の急増が操作によるものではないかという疑惑も浮上しています。

この事件は、 AI による音楽生成技術の進歩と、それが音楽業界に与える影響の深刻さを浮き彫りにしました。現在、 Spotify は AI 生成音楽の開示を義務付けておらず、リスナーは人間のアーティストと AI 生成コンテンツを区別することができません。これにより、本物のアーティストの収益機会が奪われる可能性や、音楽の真正性に関する根本的な問題が提起されています。

The Velvet Sundown は現在も Spotify で 100 万人以上の月間リスナーを誇り、引き続き注目を集めています。バンド側は自身を「 AI 時代におけるオーサーシップ、アイデンティティ、音楽の未来に挑戦する進行中の芸術的挑発」と位置づけており、意図的なアートプロジェクトとしての側面を強調しています。

この騒動は、 AI 音楽生成ツールの急速な発展と、ストリーミングプラットフォームのアルゴリズムがいかに簡単に操作され得るかを示す象徴的な事例となりました。音楽業界では、 AI 生成コンテンツの透明性確保と、人間のクリエイターを保護するための新たなルール作りが急務となっています。

Suno などの AI 音楽生成ツールは 2024 年に大手レコードレーベルから著作権侵害で訴訟を起こされており、 AI と音楽創作の境界線、そしてクリエイティブ産業の未来を巡る議論は今後さらに激化することが予想されます。


筆者の視点:今回の The Velvet Sundown 騒動で問題視されたのは、 AI 使用を隠して本物のバンドとして振る舞った(1)透明性の欠如、リスナーやメディアを騙すことを目的とした(2)意図的な欺瞞、そしてアルゴリズムを悪用した(3)不正な人気操作の疑いという 3 点です。これらの要因が重なり「アート詐欺」との批判を受けました。

しかし注目すべきは、楽曲自体が現在も高い再生数を維持し、多くのリスナーに愛され続けていることです。これは AI 生成音楽が人々に受け入れられ、感動を与える力を持つことを実証しています。今後は透明性を保ちながら AI であることを公言し、新たなエンターテインメントとして人気を博すバーチャルアーティストの登場も時間の問題でしょう。問題は技術そのものではなく、その使い方と開示のあり方にあるということかと理解しました。