【 Editor’s Insight 】OpenAI が公益法人へ移行、将来の IPO への道を開く

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OpenAI は 2025 年 10 月 28 日、企業構造の再編を完了し、非営利組織「 OpenAI Foundation 」と営利企業「 OpenAI Group PBC ( Public Benefit Corporation )」の二重構造へと移行しました。同時に、 Microsoft とのパートナーシップ契約も大幅に再交渉されています。

OpenAI は、この再編により、同社が掲げる「 AGI (汎用人工知能)を人類全体のために役立てる」という使命を、より確実に守る体制が整った、としています。OpenAI Foundation が営利部門である OpenAI Group PBC を支配しつつ、公益ミッションを保持する、という構造になっています。

株主構成と支配権

OpenAI Group PBC の株主構成は、 OpenAI Foundation が 26% 、 Microsoft が 27% 、残りの 47% を現従業員・元従業員および投資家が保有しています。 Foundation の持分評価額は約 1300 億ドル(約 19 兆 7600 億円)に達し、世界最大級の慈善組織となっています。

Foundation は 26% の株式保有に加えて、ワラント(新株予約権)も保有しています。これにより、 OpenAI Group PBC の評価額が 15 年後に 10 倍以上に上昇した場合、 Foundation は追加の株式を取得できる仕組みとなっており、長期的には最大の受益者となることが想定されています。

従業員と投資家が保有する 47% には、過去の資金調達ラウンドに参加した Thrive Capital 、 SoftBank 、 NVIDIA 、 Khosla Ventures などのベンチャーキャピタルや機関投資家、さらに Sam Altman CEO をはじめとする現従業員・元従業員が含まれていると考えられますが、個別の保有比率は公表されていません。

今回注目されているポイントは、株式保有比率とは別に、 OpenAI Foundation が OpenAI Group PBC の取締役を任命・解任する独占的権限を持っているという点です。これにより、 Foundation は株式保有比率以上の支配力を持つ構造となっています。

Foundation の理事会メンバー

OpenAI Foundation の意思決定を行う理事会は 9 名で構成されています。 Bret Taylor 氏が議長を務め、 8 名が独立取締役、 1 名が Sam Altman CEO です。具体的なメンバーは、 Adam D’Angelo 氏( Quora CEO )、 Dr. Sue Desmond-Hellmann 氏(元ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団 CEO )、 Dr. Zico Kolter 氏(カーネギーメロン大学教授、安全・セキュリティ委員会議長)、退役陸軍大将 Paul M. Nakasone 氏(元 NSA 長官)、 Adebayo Ogunlesi 氏(グローバルインフラ投資家)、 Nicole Seligman 氏(元 Sony 執行副社長兼法務顧問)、 Larry Summers 氏(経済学者、元米国財務長官)、そして Sam Altman 氏です。

現在、ガバナンスの分断を避けるため、 Foundation の理事のほぼ全員が OpenAI Group PBC の取締役も兼任しています。ただし、 Dr. Kolter 氏は安全・セキュリティ委員会を率いる立場から Foundation 専任となり、 Group PBC には議決権のないオブザーバーとして参加しています。再編後 1 年以内に、もう 1 名の理事が Foundation 専任となる予定です。

パブリック・ベネフィット・コーポレーションとは

OpenAI Group PBC が採用したパブリック・ベネフィット・コーポレーション( PBC )は、利益追求と公益実現の両立を法的に義務付けられた企業形態です。通常の株式会社では株主利益の最大化が最優先の義務とされますが、 PBC の取締役は株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会、環境など、より広範なステークホルダーへの影響を考慮する法的義務を負います。

PBC は営利企業でありながら、短期的な利益よりも長期的な社会的使命を優先しても株主から訴訟を受けるリスクが低く、かつ通常の株式会社と同様に株式発行や IPO による資金調達が可能です。財務報告に加えて、「ベネフィット・レポート」と呼ばれる年次報告書で社会的使命の達成状況を公開する義務があります。

将来の IPO への道

OpenAI CEO の Sam Altman は記者会見で、「最も可能性の高い道筋は株式公開だ」と述べており、今回の PBC への移行は将来の IPO への道を開くものです。現在の評価額は約 5000 億ドル(約 76 兆円)で、これは既存の大手テクノロジー企業に匹敵する規模となっています。ただし、具体的な IPO の時期については明言していません。

PBC としての IPO は、これまでにも実績があります。 2017 年に Laureate Education が PBC として初めて上場し、 4 億 9000 万ドル(約 745 億円)を調達しました。 2020 年 7 月には、オンライン保険スタートアップの Lemonade が 3 億 1900 万ドル(約 485 億円)、放し飼い卵ブランドの Vital Farms が 2 億 400 万ドル(約 310 億円)をそれぞれ調達しています。 Vital Farms は IPO 後、株価が 60% 上昇しました。環境配慮型シューズメーカーの Allbirds も 2021 年に PBC として上場しています。

これらの事例は、 PBC という企業形態が資本市場において受け入れられており、社会的使命を掲げながらも大規模な資金調達が可能であることを示しています。

Microsoft との関係再定義

今回の組織再編と同時に、 Microsoft との主要なパートナーシップ条件も見直されました。 Microsoft の OpenAI Group PBC における持分比率は 27% となり、以前の 32.5% から低下しました。一方で、 OpenAI は今後 Azure サービスに総額 2500 億ドル(約 38 兆円)を支払う契約を結んでいます。

また、特に注目されているのが、両社の契約に含まれていた「 AGI(Artificial General Intelligence=人工汎用知能)条項」の扱いです。

2019 年に Microsoft と OpenAI が最初の契約を締結した際、「 OpenAI の非営利理事会が AGI 達成を宣言した段階で、 Microsoft との技術ライセンス契約を終了できる」という条項が盛り込まれました。この条項の目的は、 AGI という人類を変える可能性のある技術が、単一の営利企業に独占されないようにするためでした。当初、 Microsoft の幹部たちはこの条項を「非現実的な夢物語」として真剣に受け止めていませんでしたが、 AI の急速な発展により、この条項が現実的な問題となってきました。

Sam Altman CEO が「 AGI はもうすぐそこまで来ている」と主張する一方、 Satya Nadella Microsoft CEO は「 AGI は 2030 年までに達成されることはない」と反論するなど、両社の間で AGI の定義と達成時期をめぐる対立が生じていました。この対立が OpenAI の再編交渉の大きな障害となっていましたが、今回の合意で解決に至りました。

AGI 達成時の権利については、重要な変更が加えられました。 OpenAI が AGI を達成したと宣言する際には、独立した専門家パネルがその主張を検証する仕組みが新たに導入されました。これは、 OpenAI が恣意的に AGI 達成を宣言して Microsoft との契約関係を一方的に終了させることを防ぐ一方で、 Microsoft が AGI 達成の認定を不当に遅らせることも防ぐための措置です。

専門家パネルが AGI 達成を検証した後は、 Microsoft の OpenAI 技術への独占アクセス権が終了します。それまでは、両社の収益分配契約( OpenAI の収益の 20% を Microsoft に分配)が継続されます。また、 Microsoft は 2032 年まで OpenAI のモデルや製品へのアクセス権を保持しますが、 AGI 達成後もその権利は一定の安全ガードレール付きで継続されます。

さらに、両社の独占的な依存関係は解消され、 Microsoft は OpenAI の知的財産を使って独自に AGI を開発することが可能になりました。また、 OpenAI も Microsoft 以外の第三者との製品共同開発が可能になるなど、今後の事業展開の柔軟性が高まる形になっています。

慈善活動への資金投入

財団は今後、 250 億ドル(約 3 兆 8000 億円)規模の資金を、ヘルスケア分野と AI のレジリエンス技術の 2 領域に集中投入する計画です。ヘルスケア分野では診断・治療・創薬を含むオープンソースデータと研究支援を、 AI レジリエンス技術の分野では、 AI を利用する社会全体を守るサイバーセキュリティ技術の開発・普及に取り組みます。

この改革は、約 1 年にわたる交渉の末に実現したもので、カリフォルニア州とデラウェア州の検事総長の審査を経て承認されました。 OpenAI に対する透明性・社会責任・独立性への国際的な指摘と要請を踏まえたものであり、 Microsoft との関係も整理されたことで、 AGI 時代のガバナンスモデルとして他の AI 企業にも大きな影響を与える可能性があります。

ただし、批判的な見方もあります。市民団体 Public Citizen の Robert Weissman 氏は、(特にFoundationの理事会とPBCの取締役会メンバーの重複などから)非営利組織による統制が「形だけのもの」となり、営利部門の商業的インセンティブが意思決定を支配する可能性があると指摘しています。急速に成長する AI セクターに対する規制の少なさを問題視する声も根強く残っています。