Google DeepMind は 2025 年 7 月 23 日、古代ローマ帝国のラテン語碑文を復元・解読する革新的な AI システム「 Aeneas (アイネイアス)」を発表しました。この AI システムは、損傷や欠損のある歴史的資料を復元し、その発祥地や年代を特定・推定することを支援する画期的なツールとして、歴史学研究の分野に新たな可能性をもたらしています。
Aeneas の最大の特徴は、約 17 万 6,000 件のラテン語碑文からなる「 Latin Epigraphic Dataset 」を活用し、欠損した碑文の断片から周辺文脈や類似碑文をもとに自動で文字列や単語を補完・復元できることです。従来は歴史家の直感や膨大な事例検索に頼っていた作業を、 AI とデータベースの力で劇的に効率化します。
技術的な精度も高く、碑文がどの地域・時代に作られたかを 62 のローマ属州にまで絞り込む精度で推定でき、時期についても 10 年単位での予測が可能です。年代特定では実際の年代から平均 13 年の誤差という高い精度を実現しており、従来数日かかっていた碑文の文脈化や復元作業を 15 分程度に短縮することができます。
Aeneas は単なる文字情報だけでなく、碑文の画像も解析材料とするマルチモーダル解析を採用しています。これにより、物理的特徴や損傷部分の推定にも寄与し、テキストと画像の両方を分析する初のモデルとして、地理的起源を特定する精度を大幅に向上させています。
実際の活用事例として、ローマ初代皇帝アウグストゥスの公式碑文「 Res Gestae Divi Augusti (アウグストゥスの業績)」の年代推定や未解読部分の復元で大きな成果を挙げています。アンカラ(トルコ)の Monumentum Ancyranum の碑文に対しては、アウグストゥス帝の死後(紀元 14 年頃)に刻まれたと推定し、従来の学術的議論に新たな証拠を提供しました。
23 人の歴史家が参加した大規模な研究では、 Aeneas が提供した類似事例(パラレル)が 90 %のケースで有用な研究の出発点となり、主要なタスクでの信頼度を 44 %向上させることが実証されています。単体の AI より「人間の専門家+ Aeneas 」の協働が最も高精度な分析結果をもたらすことも確認されており、 AI が歴史家の研究を補完するパートナーとして機能することを示しています。
Aeneasは、研究者だけでなく教育者・学生・学芸員も気軽に利用できるウェブサービス( predictingthepast.com )として提供されています。コードとデータセットはオープンソースで公開されており、これまで膨大な専門知識や大規模な図書館が必要だった作業が、幅広い人々に開放されることになります。
教育現場でも既に活用が始まっており、ベルギーの学校では Aeneas を中等教育の歴史カリキュラムに組み込む取り組みが進められています。ケンブリッジ大学のメアリー・ビアード教授は「 Aeneas は歴史研究に革新的な影響を与える」と評価し、オックスフォード大学のジョナサン・プラグ教授も「多様な人々が碑文研究に参加可能になる」と述べています。
将来的な展望として、現在はラテン語に特化していますが、古代ギリシャ語など他の古代言語への適応も進められており、パピルスやコインなど他のメディアにも応用が拡張できると期待されています。毎年約 1,500 件の新しいラテン語碑文が発見されており、 Aeneas はこれらの新たな発見を迅速に分析し、歴史の理解を深めるための強力なツールとなる可能性を秘めています。
碑文は皇帝の布告、政治的落書き、恋愛詩、墓碑銘など、古代ローマ社会の多様な側面を記録しており、 Aeneas はこれらの断片的な記録を文脈化することで、歴史の「勝者」だけでなく、あらゆる社会階層の声を明らかにします。従来専門家の直感や膨大な事例検索に頼ってきた分野に、「 AI +データベース」が新たな発見や研究の効率化をもたらし、歴史学や人文学の研究手法を大きく変えることになりそうです。