コロンビア大学の医師チームが、 AI システム「 STAR ( Sperm Tracking and Recovery )」を活用し、 18 年間不妊に悩んだカップルの妊娠を実現しました。このシステムは従来の技術では発見できなかったごくわずかな精子を特定・回収し、体外受精( IVF )に用いることで、世界初の AI 支援による妊娠例となりました。
対象となった夫婦は 18 年間、世界中のクリニックで 15 回以上の IVF に挑戦するも失敗を重ねていました。夫はアゾースペルミア(無精子症)と診断されており、精液中に精子がほとんど、あるいは全く見つからない状態でした。この症状では、通常の顕微鏡観察や熟練技術者による検査でも精子を発見できない場合が多く、治療の選択肢は極めて限られていました。
STAR システムは、コロンビア大学生殖医療センターの Dr. Zev Williams らが 5 年かけて開発した革新的な技術です。特殊なマイクロ流体チップに精液を流し、高速カメラと AI アルゴリズムで 800 万枚以上の画像を 1 時間以内に撮影・解析します。 AI は、通常の観察では見逃される微細な精子を検出し、特定された精子を液滴内に分離・回収する仕組みです。
この技術のインスピレーションは天文学から得られており、星や惑星の発見に AI が使われる手法に着想を得て、膨大な細胞の中から「針を千個の干し草の山から探す」ような精度を実現しています。 AI は精子の「微かな振動パターン」をランキング付けし、人間の胚学者が見逃すものを発見できます。
実際の治療では、通常の検査で 2 日間探しても精子は見つからなかったものの、 STAR を用いたところ、わずか 1 時間で 44 個の精子を発見しました。この精子を用いて妻の卵子を受精させ、妊娠に成功し、現在出産予定は 12 月とされています。
重要な点は、 AI は精子を「作り出す」のではなく、「見つけて分離」することで、これまで不可能だった治療の選択肢を提供することです。従来の方法では外科的な精巣生検( TESE )が必要で、侵襲性が高く成功率も低かったのに対し、 STAR は非侵襲的で効率的な解決策を提供します。
男性不妊の約 12 分の 1 がアゾースペルミアで、 STAR はこうしたケースの約 20 ~ 30 %で精子を発見可能と推定されています。これにより、手術を避け、治療をよりアクセスしやすくする可能性があります。現在はコロンビア大学でのみ利用可能ですが、今後は他の不妊治療分野(胚選別、遺伝子診断など)にも応用が期待されています。
この成果は AI と最先端のイメージング技術の融合により、今後の生殖医療のパラダイムシフトをもたらす可能性を示しており、従来不可能だった重度男性不妊患者にも希望をもたらす革新的技術として注目されています。