AI 市場で加速する無料化・低価格化競争と、アメリカメディアで多用される言葉「 Jevons’ Paradox 」

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AI の無料化・低価格化の波が止まりません。

年初に DeepSeek が高性能のオープンソース推論モデルをリリースしたことを皮切りに、中国の AI 企業が次々と無料または超低価格で AI モデルの提供を開始。その流れは瞬く間に OpenAI 、Google 、Microsoft 、X.ai といったアメリカの大手テック企業にも広がり、市場シェア獲得のための価格競争が過熱しています。

この現象を説明する際、アメリカではある経済理論が頻繁に引用されるようになりました。それが「ジェボンズのパラドックス( Jevons’ Paradox )」です。これは、「技術革新により価格が下がると、需要が減るのではなく逆に増加する」という理論で、AI 業界の投資家や企業は、こぞってこの理論を引用し、巨額の設備投資( CAPEX )を正当化しようとしています。

実際、AI インフラ企業 Base10 の創業者によれば、あるクライアント企業は AI 導入にかかるコストを 60% 削減できたものの、その結果として AI の活用範囲を大幅に拡大。最終的には初期に想定していた 2 倍のコストをかけることになったといいます。これはまさに「 Jevon’s Paradox 」の好例であるとされ、NVIDIA 等のハードウェアメーカーやクラウド事業者にとっては、売上の継続的な成長を期待させる材料となっています。

また、現在の AI 市場では競争が激化するにつれ、「まずは無料化して囲い込む」という戦略を取る企業が主流となっており、当面の利益を後回しにして市場シェアの獲得を優先する姿勢が鮮明になってきています。例えば Amazon は新しい Alexa を Prime 会員に無料で提供すると発表。当初は Prime 会員でも有料化を検討していたものの、競合との競争を意識し、無料化を決断しました。

この状況は 90 年代後半のインターネット革命の勃興期を彷彿とさせます。当時も「まずは成長し、市場を支配し、収益化は後回し」という構図が一般的でした。今回も同様の動きが始まっており、各 AI 企業は巨額の投資を続けながら黒字化に関しては長期戦の構えを取りつつあります。今後はどこまで体力が持つかの勝負となるでしょう。

こうした AI 技術の無料化はユーザーの習慣形成に確実に寄与しており、一度便利さを実感したユーザーは将来有料化されても課金する可能性が高いと見られています。結果として、「 Jevon’s Paradox 」通りに、現在の無料化・低価格化の流れは、市場全体のパイを大きくし、最終的には NVIDIA のようなハードウェア企業から AI 開発企業まで、業界全体の成長を後押しすることは間違いありません。ただし、そこに至るまでには収益化するまで持ち堪えられなくなった企業の統廃合が進むなど、どこかのタイミングで、バブルの修正というようなタイミングが来るものと考えます。

バブルの修正時期を正確に予測するのは難しいですが、筆者は近い将来にそれが起こるとは考えていません。AI ブームはまだ始まったばかりで、人々の耳目を集める技術革新が今後 1 〜 2 年は続くでしょう。その後、資金調達が難しくなった小規模なスタートアップが資本力のある企業に買収される動きが始まるはずです。この流れが 3 〜 4 年続き、AI スタートアップの IPO ラッシュを経た先、つまり今から 4 〜 5 年後以降に大きな調整が訪れる可能性が高いと考えられます。

*参考:CNBC 「Why AI prices are in a race to the bottom」2025/2/27