2025 年 12 月 8 日、トランプ政権は Nvidia の AI 向け GPU「 H200 」を、中国の承認済み顧客に限って輸出可能とする方針を発表しました。一見すると規制の緩和に見えるこの動きですが、実態は米国による中国 AI 産業への支配をさらに強める構造となっており、中国は新たな戦略的ジレンマに直面しています。
条件付き輸出の仕組み
今回の枠組みでは、単なる性能制限だけでなく、対中売上の 25 %を米政府が徴収するという異例の「レベニューシェア型」が採用されています。H200 は Nvidia の最新フラッグシップより一世代落ちるものの、これまで中国向けに許可されていたチップより大幅に高性能です。米国は「中国には常に一世代遅れまで」という新たなバランスを狙っているとみられています。
中国が直面する「三者択一」のジレンマ
この政策変更により、中国は以下の三つの選択肢の間で難しい判断を迫られています。
一つ目は、H200 を大量導入する道です。短期的には中国の大手テック企業や研究機関の AI 開発速度が大きく向上し、計算資源不足という制約を解消できます。しかし、米国の輸出ライセンスと 25 %の上納金に依存する形となり、戦略的自立性が損なわれます。実際、規制緩和の発表直後には ByteDance や Alibaba が H200 の大量注文に動いたと報じられており、中国企業の Nvidia 依存の深さが露呈しました。
二つ目は、H200 を抑制し、国産チップを優先する道です。Huawei や Baidu の Kunlunxin、Cambricon(寒武紀)など国内サプライヤーの育成は「 Made in China 2025 」という国家戦略に沿います。しかし、これらの国産チップは性能面で Nvidia を完全には代替できておらず、AI 競争で時間的なハンデを負うことになります。
三つ目は、グレーマーケット経由の調達を黙認する道ですが、これでは政府の規制・統制そのものを失うことになります。
米国の真の狙い
今回の規制緩和は、中国に恩恵を与えるように見えて、実際には米国のコントロールを強固にするものです。CNBC のコメンテーター Deirdre Bosa 氏は「合法的なアクセスはギャップを狭めるわけではなく、中国の選択肢を狭め、進捗の天井を米国の手に残すだけだ」と指摘しています。
これまで厳格な制限を続けてきた結果、Huawei など中国勢が代替チップを開発し、Nvidia の中国シェアは約 95 %から 50 %程度まで低下したとされています。完全遮断がかえって中国の自前開発を加速させている、という懸念から、米国は「一世代落ちの妥協案」で安全保障と商業利益の両取りを狙っているのです。
中国:国産チップ育成への影響
中国政府は 12 月 10 日に政府調達リストを発表し、Huawei や Cambricon(寒武紀)など国内サプライヤーのみを認可し、Nvidia はリストから除外されました。これは表面上、国産チップ優先の姿勢を示すものですが、現実はより複雑です。
中国国内には Moore Threads、MetaX、Biren、Enflame といった AI チップ企業が存在し、合計時価総額は約 3000 億ドル(約 46 兆 5000 億円)に上るとされています。しかし、これらの企業の製品は性能面で Nvidia に遠く及ばず、Tencent、Alibaba、Baidu といった大手テック企業は現実問題として計算資源不足に悩まされています。Baidu の Kunlunxin や Huawei の AI チップも、最先端の AI モデル開発には力不足というのが実情です。
ここで問題となるのが、国産チップ産業の成長シナリオが崩れるリスクです。調査会社 TrendForce は、中国の高性能チップ市場が来年 60 %以上成長し、約 50 %の市場シェアに達すると予測していました。しかし、この予測は米国製チップが遮断されているという前提で成り立っていたものです。
つまり、これまで中国企業は Nvidia 製品を入手できなかったからこそ、性能で劣る国産チップを使わざるを得ませんでした。北京政府はこの状況を利用し、補助金や規制によって国産チップへの「人工的な需要」を作り出し、国内メーカーを育成してきたのです。
ところが今回の輸出再開により、中国企業は再び Nvidia 製品を選択できるようになります。性能差が歴然としている以上、多くの企業が国産チップではなく Nvidia を選ぶ可能性が高く、国産メーカーへの資金や人材の流れが途絶えるリスクがあります。北京が長年かけて育てようとしてきた「国内チャンピオン」の成長モメンタムが失われかねない状況です。
今後の展望
今回の動きは、米中双方がそれぞれのリスクを抱えながら、難しい舵取りを迫られていることを浮き彫りにしています。
中国にとっては、Nvidia チップが制限されている間こそが国産チップ育成の好機でした。性能で劣っていても、選択肢がなければ国内企業は国産チップを使わざるを得ず、その需要が国内メーカーの成長を支えるはずでした。ところが今回の輸出再開により、その前提が崩れつつあります。短期的な AI 開発の加速を取るか、長期的な技術自立を取るか、中国は二律背反の選択を突きつけられています。
一方、米国も完全にリスクフリーというわけではありません。H200 は一世代落ちとはいえ高性能なチップであり、中国の AI 研究者やエンジニアがこれを活用すれば、モデル開発の面で米国に追いつく可能性は否定できません。それでも米国がこの判断を下した背景には、完全遮断を続けることで中国の自前開発を加速させてしまうよりも、「一世代遅れ」という天井を設けながら実益とコントロールを確保する方が得策だという計算があるのでしょう。
AI チップという戦略資産をめぐり、中国は国産化の夢と現実の間で揺れ、米国は安全保障と商業利益の間でバランスを取ろうとしています。両国がどのような舵取りをしていくのか、今後の動向を注視していきたいところです。
*参考:Nvidia considers H200 production ramp ahead of China demand, report says, CNBC
*参考:Ton of demand for Nvidia’s chips in China, says Bernstein’s Stacy Rasgon, CNBC
