テスラの FSD ( Full Self-Driving )は、待望の v14 がついにリリースされました。リリース前にイーロン・マスク氏は「(前モデルと比べて) 10 倍賢くなる」と発言していましたが、実際に試してみたユーザーのフィードバックを見ると、そこまでの大きな改善は見られないようです。
具体的に見てみると、緊急介入が必要となる間隔は、前モデルの v13 が平均して 800km 程度だったのに対し、新しい v14 では 2000km に 1 回程度という頻度に変わると言われています。ただ、実際には 1000km 〜 1200km に 1 回程度になるのではないか、というのが大方の見方です。確かに前モデルから改善はされているものの、「 10 倍」という表現からイメージされるほどの飛躍的な進化ではないというのが実情のようです。
では、この数値は他と比較してどの程度のレベルなのでしょうか。人間の運転では約 160 万 km に 1 回事故が起こるレベルとされています。また Waymo のロボタクシーは 1.6 万〜 3.2 万 km に 1 回の緊急介入レベルです。つまり、テスラの FSD v14 は Waymo のレベルにも到達できていませんし、まして人間の運転と同等になるためには、まだ相当なレベルアップが必要な状況です。
こうした現状を受けて、一部では、ソフトウェアの進化だけではなく、ハードウェアも進化させないと人間やトップクラスの自動運転のレベルには到達できないのではないか、という意見も聞かれるようになっています。
テスラは現在、カメラのみで自動運転を実現させようとしています。これはマスク氏の「人間は 2 つの目で安全に運転できているのだから AI にもできるはず」という信念に基づいた戦略です。一方、 Waymo など他の自動運転車は LiDAR を導入することで安全性を高めています。 LiDAR は 1 ユニットあたり 500 ドル(約 7 万 4000 円)〜 6000 ドル(約 89 万円)と、カメラの 20 ドル(約 3000 円)〜 500 ドル(約 7 万 4000 円)に比べて圧倒的に高価です。テスラがコスト面で有利なカメラのみの戦略にこだわる理由もここにあります。
ただ、今後 LiDAR のコストが下がってくれば、テスラもどこかで LiDAR の導入を検討しないといけない可能性も出てくるかと思います。とはいえ、これはマスク氏の強い信念にも関わってくる問題なので、方針転換には高いハードルがあるでしょう。
一方で、事前に期待されていたレベルには達していないとされている v14 ですが、着実に進化を遂げていることも事実です。テスラは継続的に現在走行しているテスラ車から実走行データを集めながら、学習を進めています。さらに、 NVIDIA や Google のように仮想空間内にシミュレーション空間を作り、起こりうる状況を作った上で学習をさせるという手法も採用しています。こうすることで、現実世界では稀にしか起こらない、より複雑で回避の難しいシナリオを多数用意することができ、効率的な学習が進むとされています。
実際に、筆者が体験した v13 の走りは相当レベルの高いもので、介入の間隔という数値だけを見ればまだまだですが、介入が必要のない時の走行のスムースさや自然さは人間のドライバーを凌ぐ完成度でした。自動運転の品質は、介入の間隔だけで語れるものではないと感じました。
また、 1000km や 2000km に 1 回という介入間隔を、実際の日常使用という観点で考えてみると、実はかなり実用的なレベルに達していることがわかります。日本における乗用車の 1 ヶ月あたりの平均走行距離は約 370km です。一方、アメリカでは 1 ヶ月あたりの平均走行距離は約 1600 〜 1800km とされています。ということは、日本で考えると 3 ヶ月に 1 回程度、アメリカでも 1 ヶ月に 1 回程度の割合で緊急介入が必要になるレベルです。この頻度であれば、実用面ではほとんど緊急介入が必要なシーンは起きない、と言えるかもしれません。
ただし、ここに大きな落とし穴があります。相当うまいドライバーに身を任せていて、 1 ヶ月に 1 回程度しか緊急介入の機会がないということは、逆に言えば安心して気を抜いた時にクリティカルなエラーが発生するということです。ドライバーは相当心構えをしっかりしておかないと、その稀な緊急事態を見過ごしてしまいます。
筆者が前バージョンの v13 を体験したときにも、通常時があまりにもスムースな運転だったため、気を抜いた瞬間に緊急介入が必要な状況が訪れました。緊急介入が必要なシーンは、そこで介入しなかったら大事故につながるというものでした。このため、アメリカでもテスラに関する事故のニュースは日々絶えず出ており、その都度、テスラはダメだというアンチが出てきて批判をしている、という状況が続いています。
この辺りは今後の改善が期待される部分です。たとえば、ドライバーの緊急介入ができなかったとしても、システム側で事故に至るのを防いでくれる、といった追加の安全機能が実装されることなどが期待されています。
ここで視点を変えて、テスラ以外の自動車メーカーの状況について考えてみたいと思います。現在、自動運転に関する事故のニュースが報じられるのは(中国国内を除いては)テスラだけで、その度に様々な批判が集まります。しかし、これはテスラだけが実用レベルの自動運転技術を展開しているからこそ起きている現象とも言えます。他のメーカーが提供している運転支援システムとテスラの FSD では、技術レベルに大きな開きがあるのが実情です。テスラが公道での実走行を通じて着実にシステムの改善を積み重ねていく中で、既存の自動車メーカーが今後この技術ギャップをどう埋めていくのか、注目されるところです。
*LiDAR(ライダー)は、Light Detection And Ranging(光による検知と測距)の略で、レーザー光を用いて対象物までの距離や形状・位置を高精度に3次元で把握できるセンサー技術です。