Google は、 AI コーディング・スタートアップ Windsurf の CEO Varun Mohan 氏と複数の研究者を、総額 24 億ドル(約 3,576 億円)のライセンス契約で迎え入れました。この動きは、 OpenAI による買収交渉が土壇場で破綻した直後に実現した、業界注目の人材争奪戦です。
そもそもの始まりは、 OpenAI が Windsurf を企業価値 30 億ドル(約 4470 億円)で丸ごと買収しようとしていたことでした。ところが、 OpenAI の最大投資家である Microsoft が横やりを入れます。「 Windsurf の技術を GitHub Copilot にも使えるようにしてほしい」という要望が出たため、権利関係がこじれて交渉が決裂してしまいました。
そこをうまく突いたのが Google です。同社は買収という手法ではなく、人材獲得と技術ライセンスという新しいやり方を選びました。 Varun Mohan CEO や共同創業者の Douglas Chen 氏、そして腕利きの研究者たちを Google DeepMind に引き抜き、 Windsurf の AI コーディング技術の非独占ライセンスも手に入れたのです。
この契約で興味深いのは、 Windsurf 自体は潰れずに残るという点です。約 250 名の従業員の大部分が会社に残り、事業責任者の Jeff Wang 氏が暫定 CEO 、 Graham Moreno 氏が新社長に就いて、企業向けのサービスを続けています。 Google にとっては、技術と人材を確保しながら Windsurf の反発も避けられる、なかなか巧妙な作戦と言えるでしょう。
Google の思惑ははっきりしています。移籍してきた優秀なエンジニアたちに「 Gemini 」の AI コーディング機能を強化してもらい、この分野での競争力を一気に高めたいのです。エージェンティック・コーディングと呼ばれる、 AI が多段階で自動的にコードを書いて最適化する技術で、ライバルに差をつけようという算段です。
Windsurf は 2021 年に立ち上がったばかりの会社ですが、自然言語で指示するとコードを自動生成する技術で開発者の間では評判でした。コードの自動補完や複数ファイルをまたいだ作業、プロジェクト全体の分析といった機能が充実しており、その技術データは AI モデルの学習にも使えるため、かなり価値の高い資産とされています。
今回の騒動は、 AI コーディング分野がいかに激戦かを物語っています。 GitHub Copilot や Anthropic の Claude Code などがしのぎを削る中、 Google は今回の戦略的な人材・技術獲得で大きなアドバンテージを得ました。
逆に OpenAI は、 Microsoft との微妙な関係が足を引っ張る形となり、思わぬところで戦略に影響が出てしまいました。こうした提携関係の複雑さは、 AI 業界ではよく見られる現象ですが、今回は特に大きな案件だっただけに注目を集めています。
従来の企業買収とは違う今回のような大型契約は、規制をうまく回避しながら欲しい人材と技術を手に入れる新手法として注目されています。実は、この手法は最近の AI 業界では珍しくありません。 Microsoft が 2024 年 3 月に Inflection の Mustafa Suleyman 氏を引き抜いた際や、 Google が同年 8 月に Character AI に対して行った契約でも、同様のアプローチが使われました。今回の Windsurf の件で、この「アクハイア(人材買収)」戦略が業界のスタンダードになりつつあることが改めて浮き彫りになったと言えるでしょう。