フランスの AI 企業 Mistral AI は、NVIDIA との提携により「 Mistral Compute 」という新しい AI クラウドインフラサービスを発表しました。これは欧州発の独立した「主権型 AI インフラ」として、アメリカや中国のクラウド大手に依存しない AI 環境を企業や政府に提供するものです。
Mistral Compute の最大の特徴は、GPU リソース、オーケストレーション(作業管理)、API 、モデル学習サービスなどを統合した包括的な AI 基盤を提供することです。従来のような AWS や Azure 、Google Cloud といったアメリカのクラウドサービスに頼らず、欧州域内で完結する AI 開発・運用環境を実現します。
技術面では NVIDIA の最新技術を大規模に導入しています。初期段階で 18,000 基の NVIDIA Grace Blackwell GPU を導入し、2026 年にはさらに拡大する予定です。この巨大な計算能力により、従来は数週間かかっていた AI モデルの学習を数日に短縮できるとされています。
提供形態も柔軟で、物理サーバーのみの提供からフルマネージドのクラウドサービスまで、顧客の要件に合わせて選択できます。ハードウェアだけでなく、Mistral の AI モデルや他社のオープンソースモデルを使える開発環境、API 、作業管理ツールも含まれています。
この取り組みは「デジタル主権」という観点で大きな意味を持ちます。フランスのマクロン大統領は、この提携を「歴史的」と評価しており、欧州がアメリカや中国の技術に依存せず、独自の AI 基盤を築くことの重要性を強調しています。特に GDPR などの欧州の規制要件に完全に準拠したインフラを提供できる点が評価されています。
実際に BNP パリバ、Orange 、SNCF 、Thales といった欧州の大手企業が初期パートナーとして参加しており、金融、防衛、製薬など業界ごとのニーズに対応した AI 開発が可能になります。各国や地域の規制に配慮しながら、データを国外に出すことなく AI サービスを構築・運用できることが大きな魅力です。
NVIDIA の Jensen Huang CEO は、この提携により欧州の AI 計算能力が今後 2 年間で 10 倍に向上すると予測しています。また、Mistral は同時に論理的推論に特化した AI モデル「 Magistral 」も発表しており、これらが Mistral Compute 上で動作することで、包括的な AI エコシステムを構築しています。
データセンターの展開も本格的で、フランスのエソンヌに初の 40MW 規模のデータセンターを設置し、その後欧州全域に拡大していく計画です。NVIDIA は欧州に 20 以上の「 AI ファクトリー」の建設を進めており、Mistral Compute はその中核的な役割を果たすことになります。
この動きは地政学的な意味合いも大きく、米中の技術覇権競争が激化する中で、欧州が第三の選択肢を提示するものです。特にデータの機密性や国家安全保障が重要視される分野では、自国や地域内で完結する AI インフラの需要が高まっており、Mistral Compute はそのニーズに応える戦略的なサービスとなります。
ただし、AWS や Azure といった巨大なクラウド事業者との競争は厳しく、グローバルでの規模拡大や資金調達が今後の課題となります。現在の Mistral AI の評価額は 6.2 億ドルですが、OpenAI や Google といった競合と比べるとまだ規模が小さく、継続的な成長が求められます。