【Editor’s Insight】DeepSeek ショック:AI 業界への影響を考える

投稿者:

中国の AI スタートアップ DeepSeek が、AI 業界に激震を走らせています。同社は、米国の巨大テック企業が数年かけて巨額の投資を行って開発した AI モデルに匹敵する性能を、わずか 2 ヶ月という短期間、しかも 600 万ドル未満という驚異的な低コストで実現しました。

この衝撃的な成果は、株式市場にも大きな影響を与えています。AI 半導体で圧倒的なシェアを誇る NVIDIA の株価は最大 13% 下落し、時価総額にして 4,650 億ドル(約 70 兆円)もの価値が消失。これに連動する形で、NASDAQ、S&P 500 も急落し、世界的な株式市場の動揺を招きました。

DeepSeek の成功の鍵は、効率的な開発手法にあります。同社は、米国の輸出規制により最先端の H100 チップが使用できない中、NVIDIA の H800 チップを使用。「蒸留(Distillation)」技術を活用することで、大規模モデルを効率的に圧縮しながらも高い精度を維持することに成功しました。その結果、同社が年末に発表した「V3」モデルは、Meta の Llama 3.1、OpenAI の GPT-4o、Anthropic の Claude Sonnet 3.5 を超える性能を示すベンチマーク結果を達成。また年明けに発表した最新の「R1 モデル」は、OpenAI の o1 を上回るパフォーマンスを記録しています。

この状況に対し、シリコンバレーの危機感は急速に高まっています。スイスで開催されたダボス会議では、Microsoft の CEO サティア・ナデラ氏が「DeepSeek の進展を非常に真剣に受け止めるべき」と警戒感を示しました。これまで米国のハイテク企業が圧倒的な優位性を保っていた AI 市場において、中国が強力な競争相手として急浮上してきたことへの懸念が表明されたのです。

DeepSeek の成功は、AI 開発における既存の常識を覆すものでもあります。Microsoft、Meta、Alphabet(Google)といった巨大テック企業は、AI 開発とデータセンター構築に数千億ドル規模の投資を計画していますが、DeepSeek の成果は、そうした巨額投資の必要性自体に疑問を投げかけています。

注目すべきは、これが中国の AI 産業全体の競争力向上を示す一例に過ぎないという点です。DeepSeek 以外にも、01.ai が 300 万ドルという低コストで高性能モデルを開発、ByteDance(TikTok の運営会社)も低コストの LLM を発表するなど、中国の企業が AI 分野での競争力を着々と強化しています。従来、アメリカは中国と比べて年単位で先行していると考えられていたのですが、急速に追いついてきた(ように見える)ことに対して非常な危機感が広がりました。

米国政府は、最先端の AI チップの対中輸出規制を通じて技術覇権の維持を図ってきましたが、DeepSeek の成功は、そうした規制の実効性にも疑問を投げかけています。DeepSeek が今回より少ないリソースで効率的な AI を構築する方法を確立したことで、最先端モデルの構築に必ずしも最先端チップは必要ないのではないかという議論まで出てきています。


しかし、市場の反応は明らかに過剰だと思われます。なぜなら、NVIDIA のチップは基盤モデルの学習時だけでなく、実行時にも必要不可欠だからです。今後、AI の利用者がさらに増加すれば、それに比例して実行環境も大量に必要となり、GPU 需要は依然として高水準を維持することが予想されます。

また、AI 技術の主戦場は既に変化の兆しを見せています。昨年末から、大規模言語モデルの性能向上は徐々に頭打ちになるという見方が強まっており、2024 年の技術革新の焦点は、エージェント化や自動運転、ヒューマノイドロボットなどの物理 AI(フィジカル AI)へとシフトしつつあります。これらの分野での機械学習にも GPU は不可欠であり、需要の持続が見込まれます。

ただし、DeepSeek の成功が業界に与える影響は無視できません。これまで AI 開発という名目で、企業は比較的容易に巨額の投資を引き出すことができましたが、今後は投資の必要性がより厳しく精査されるようになるでしょう。

さらに、DeepSeek や ByteDance による低コストでの開発成功は、AI 市場に価格破壊をもたらす可能性があります。OpenAI をはじめとする米国の AI 企業は、競争力維持のために価格引き下げを迫られ、収益が圧迫される可能性があります。その結果、投資回収期間の長期化が懸念され、新規投資に対する審査はさらに厳格化すると予想されます。


いずれにしても、2024 年末 〜 2025 年の頭にかけて DeepSeek をはじめとする中国企業が投げかけた衝撃は大きな波紋を呼びました。この衝撃により、アメリカと中国の間の差がそこまで大きくなかったことが再確認され、アメリカでは AI の開発に規制などかけている場合ではない、と焦りが出てきています。おりしもトランプ政権に変わったこともあり、前政権でかけていた安全性を重視した開発規制は撤廃し、開発を加速させる方向に動き出しています。